2009年01月18日

ワイエスが描く白―《幻影》 「原題:The Revenant」

アンドリュー・ワイエスの訃報は大変ショックで、いまだ信じられず途方にくれている。しかしながら昨年末依頼を受けて書いた《幻影》についての小論を思い起こさせた。今思えば、まるで予感させられて書いたようである。《幻影》という作品は、現在愛知県美術館で開催中の<アンドリュー・ワイエス〜創造への道程>展で展示されている、大変美しいテンペラ画である。この解説を読まれた方が愛知県美術館へ出かけられて作品をご覧になり、平和な世界へと旅立ったワイエスの魂を感じていただければ幸いである。

 『アンドリュー・ワイエスにとって白は、死の象徴だという説がある。 確かに死のかかわりから生れたという「クリスマスの朝」、「寝室に置かれたオウムガイ」「春」などは白を基調としている。 色彩学における白は平和、自由、霊魂を意味する。 するとワイエスにとって、「死」の場面は平和で自由な世界と見ることもできる。
ここに1枚の絵がある。 全体が白く、淡い光に包まれ幻想的な雰囲気が漂う。 ワイエスが描いたテンペラ画《幻影》である。原題「The Revenant」は辞書によると「黄泉の国から戻った人、亡霊、幽霊」という意味がある。描かれている人物はワイエス自身であり、一見するとワイエスの肖像画のようでもある。 しかし絵の中のワイエスは、どこかぎこちなく不安げで実体の無い雰囲気に描かれている。彼が描きたかったものは描く過程で次第に変化していったようだ。

この絵は、ワイエスが描いたオルソンシリーズの1作品である。長い間閉めきられていた部屋のドアを開けたとき、埃にまみれた鏡に映った自分の姿を幽霊と間違え驚いた様子を描いたものである。習作の段階では、色あせた青いジャケットを着たワイエスが水彩で描かれていた。 しかし、テンペラに仕上げていく過程で、ワイエスの興味はこの部屋の雰囲気に移ってゆき、色彩は失われた。 ワイエスは「私はその絵を自分の肖像画とはしなかった。なぜなら、この部屋の乾燥した雰囲気を描くつもりだったからだ。メイン州には乾燥と死のイメージがある。窓枠にはハエの死骸が何年も放置され、干からびていた。ハエの死骸とぼろぼろの古いカーテンはまるでエジプトのミイラのようだった。絵の中に、それがオルソン家の縮図であるかのように描きたかった」という。
長い歴史のあるこの家が滅び行く。ワイエスにとっては自由で平和な居場所であったが、いずれは亡霊だけが存在することになると感じてこの絵を白く仕上げたのではないだろうか。』
posted by blueberry at 14:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
先ほど新聞でアンドリュー・ワイエス氏ご逝去を知り、すぐにこちらのブログをチェックしてみました。ご高齢だったので、いつかこのときが来ることはわかっていましたが、それでも寂しい気持ちでいっぱいです。ご存命のうちに、メイン州に行って、絵から受ける空気を本当に感じてみたかった。ワイエス氏のご冥福を心よりお祈りいたします。
Posted by pon at 2009年01月20日 06:53
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